哀れと泣いた老婆は 皺だらけの手で顔を覆った 嗚咽は暗い空へと廻り 残された星の欠片が 机の上に並んだ 主を待つ椅子は空席で 重苦しい雲から零れた雨が しとしとと降り注ぐ 薄暗い部屋の中 語る想い出は何時も少なく 見送り主は溜息を終えた ノッカーの音に扉を開ければ 手足も細い 小さな子供が立っていた 墓守に来ましたと はっきりと告げた子供は 見送り主を抱きしめて 宜しくお願いします と 笑いました 星の海に寝転んで 子供は優しい夢を見ました 優しい優しい夢でした 哀しい哀しい夢でした 明日も明後日も明々後日も ずっと続く夢でした ずっと笑う夢でした 見送り主はひっそりと 暗い部屋で待ちました 一人でずっと待ちました 泣いて笑って願って待ちました 眠る子供が朽ち果て 子供の願いが叶う日を 長い日々が過ぎた頃 ノッカーの音が響きました 何も知らない男が立っていました 迎えに来ましたと 困ったような表情の男を 見送り主は抱きしめて お別れの鐘を鳴らしました 残された星の欠片を胸に 彼は慟哭しました 僅かばかりの想い出を糧に 彼は出て行きました 哀れと老婆は涙を零します お別れの鐘の音は 何度も鳴って去って行きます 其れは星の海の物語 星の墓場の物語 君に上げたかった 僕が君に貰ったもの 胸に満ちる暖かなもの 柔らかくまあるいもの この胸を打つ鐘が 潮が引くように消えて行く日を 指折り数えた 考えなくても想った 何度も何度も何度も 叫ぶように祈った 君に上げたかった 僕が見つけた綺麗なもの 月に掛かる白い虹 目が眩む様な蒼い空 この胸に落ちた色々な音 一人で歩く旅路を 共に歩んでくれて有難う 落日を知るのが僕だけでも 光に向かう君が羨ましくて 妬ましくて大好きだった 其れがどれ程幸福だったか 君に上げたかった この骨の一欠けら この血の一滴 僕が上げられるもの 僕に残されたもの全て 吐き出した白い湯気 輝く満点の星 頭の下には星の欠片 泣くように歌う 愛しいと囁くように 絶え間なく紡ぐ星の詩 瞼の裏に残る面影 微笑みの痕 朽ち果てる未来は それでも何時も目に痛い 僅かに上下する胸 響き渡る祈り唄 優しく体中を抱きこんで 愛しいと夢見るように 微笑むように歌う 絶え間なく続く星の唄 さよならの邂逅は お別れの色を持たず きらきら輝く明日ばかり 零れるように溢れた 御仕舞いの合図は 何時もささやかで 何時も呆気なく 何時だって胸に痛いばかりで 美化した通り過ぎた日々を 何度惜しみ廻っても 届いた明日は踏みつける今日 終わりだって君は知ってた きらきら輝く明日が ここに無い事 君だけが知ってた 早足で通り抜ける時の壁を 何度掴みもがいても 溢れるように零れ逝く 叶わぬ希望を口に 微笑みに隠した慟哭 お別れの邂逅は さよならの音を知らず きらきら輝く明日ばかり 溢れるように零れた 愛の歌は何時も溢れて零れて、満ちて、足りない。 優しく囁いて、抱きしめて捕らえて放さず、何処にも無い。 愛しいと囁いて、どれだけだって紡ぎ続けて、叫ぶように其処にあるのに、閉じた瞼の裏に浮かぶ面影は―。 星の海は打ち寄せる波音の変わりに、愛の歌が響き続けている。其れは何時も、優しく優しく、愛しく、哀しい、愛の歌。 2007.08.12 |