太陽は何時も雲の上に


人気の消えた土砂降りの丘の上、長い髪を風になびかせて、娘は立っていた。
白銀の髪の間に、きらり、と銀の十字架のピアスが揺れている。
雨に打たれる事の無い髪は柔らかく風に波打って、きらきらと光り輝く瞳は優しくて寂しい。
裾の長い白いドレスから覗く素足の爪先は地面の僅か数センチ上、宙を踏んで、指先まで隠すような長い袖口から、ちら、と覗く白い指先 に小振りの小さな花を一輪軽く握っていた。
厚く覆われた黒い雲の上は眩い太陽が強い光で上部の雲を白く白く輝かせているだろう。此処からは見えなくとも、全てを優しく見守って いるだろう。今は感じられなくとも。
一歩、娘は大木の下へと歩を進めた。
一歩、一歩、進む度、白いドレスの裾から足の指先がちらり、と覗く。
足取りは酷く緩やかで、たおやかだが確かだ。
雷鳴響く土砂降りの雨の中、大木の下で不意に娘は足を止めた。
大木の下、木の幹を背に瞳を閉じている子供の姿が有った。ぼろ布を纏ったかのような薄い服、服の間から放り出された身体は細く、投げ 出した靴はどろどろで、寒いのかかたかたと小さく震えるその唇は紫だ。雨の下に居るよりは随分とマシだとは言え、濡れた所為で張り付 いた額の髪や、時折葉や枝から零れ落ちる雫が子供の体温を奪っていく。
娘は一つ瞬いて、ふわり、子供の頭を撫でて、額を掻き揚げ、丸い額に優しいキスを落とした。温度も―質量も何も無い、暖かさも、温も りも、確かな感覚も、風にもならない―ただ、冷たい風を一瞬だけ避けさせただけの、其れは何の力も無い。
子供の体調不良を誰かに伝える力も、治す力も、一瞬だけ身を凍えさせる寒さを紛らわせるような確かな何かさえも、無い。
そうする事の出来る力を持っていようとも、娘には、干渉する権利は無いのだから。
伏せた子供の目は開かない。薄く開いた紫色の唇から白い湿った呼気が漏れるのみ――。

冷たい雨が街中へと零れる。誰の上にも平等に。
ただ、平等でないもの、其れは、その人が居る場所、それだけだ。

雨は降る。傘を持つものにも持たないものにも、屋根があるものにも無いものにも、全ての者の上に平等に。
娘は柔らかく瞳を細めた。
かたかたと震える子供は薄らと瞳を開いて笑みの形に弧を描いた。空ろな視線が娘のあたりに焦点を結んだ。

「おかあさん。」

震える冷たい手を僅かに娘へと伸ばして、掠れた声は確かにそう言った。ほわり、吐き出された白い空気の塊が柔らかく霧散した。開いた

瞳は柔く柔く閉じられ、伸ばした手は力なく落ちた。
娘はふわり、と柔らかく微笑み子供の胸に一輪白い花を抱かせてやった。

薄っすらと開かれた子供の唇から、呼気はもう漏れない。

娘はゆるりと子供に手を伸ばし、触れる事無く掌を上に、くぃ、と引き上げるような動作をした。
ふわり、白い塊が娘の手に生まれる。娘は大切そうに其れを抱きかかえて、空中を軽く蹴った。
ゆらり、娘の影は薄く消えて―――。

天から落ちた雨粒が冷たい小さな子供の頬をまるで涙のように伝い落ちた。

土砂降りの気だるい雨を落とし続ける黒い暗い雲の上は、厭になるくらい晴れ渡って、上部の雲だけをきらきらと光り輝かせているだろう 。光は哀しくなる位平等に全ての物を見守っているだろう。今、その匂いはなくとも。感じられなくても。そうとは思えなくても。

遠い遠い、遥か彼方、空の上で。




天使の頃、お仕事バージョンA(Aって何/笑)

2008.03.16

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